乳がん経験者に
運動をもっと手近に
コアヌードル 乳がん運動マニュアル
※アメリカスポーツ医学会/アメリカがん協会のガイドラインに基づいて作成しています。
心機能の低下 / 転倒 / 骨粗しょう症などの薬物療法のリスクを考慮し、リンパ浮腫の対策としては、上肢の挙上 / 呼吸ポンプ作用 / 筋ポンプ作用を取り入れています。
運動するメリット
運動は苦手でも大丈夫。まずは、ゆっくりと深呼吸から始めてください。治療中や治療後の心とカラダを落ち着かせて、体力を回復させましょう。
寝る姿勢では重力の負担が少なく、腕、肩、肩甲骨を動かしやすい
胸が開き、呼吸筋を使いやすい
丸まった姿勢とバランス感覚を正しやすい
リンパ浮腫の予防(呼吸ポンプ作用と筋ポンプ作用)
しびれの軽減
ホルモン治療の副作用の軽減
体重管理 / 筋体力の向上
乳がんサバイバーにこそ、運動をもっと手近に
稲葉晃子(いなばあきこ)
元全日本女子バレーボール選手(ユニチカ主将)。米国NATA認定アスレティックトレーナー、米国スポーツ医学会/米国対がん協会認定Cancer Exercise Trainer、カリフォルニア州立大学卒。「脊柱管狭窄症をトレーニングで治す」 著者。
現役引退後に渡米しカリフォルニア州立大学卒業、NATA認定アスレティックトレーナーの資格を取得。トレーナーとして全日本女子バレーボールチームや実業団等にてオリンピック選手の育成に従事。米国大学の教員としても10年間勤務し現地アスリートの指導を行う。自身の腰痛をきっかけに、体幹と固有受容覚のトレーニングを目的とした運動ツール、コアヌードルを開発。腰痛指導を日米で行う。2012年に帰国しロマージュ株式会社を設立。2017年7月に乳がんと診断され、同年9月に左乳房全摘とリンパ郭清手術。抗がん剤と放射線治療、1年間の治験を終え、現在は運動の重要性を伝える活動を行っている。
主な指導実績
全日本女子バレーボールチーム、デンソー女子バレーボール部、三菱電機女子バスケットボール部、JAL女子バスケットボール部、荏原製作所女子バスケットボール部、デンソー女子ソフトボール部、佐川急便女子ソフトボール部、靜甲女子ソフトボール部、日立マクセル女子ソフトボール部、伊予銀行女子ソフトボール部、日立高崎女子ソフトボール部、清水第八プレアデス女子サッカー部、早稲田大学スポーツ科学学術院 中村好男研究室、筑波大学 田中喜代次研究室、中京大学 湯浅景元研究室、びわこ成蹊スポーツ大学 大久保衛研究室 ※休部含む
手術前
治療に向けたコンディショニングは、乳がんと診断された時から始まります。肩の可動域の制限、筋力・心肺機能の低下、浮腫の予防、からだの倦怠感の抑制、体重の管理と、これらは治療後も続く生涯のテーマとなります。治療の開始前から積極的に取り組むことが、治療中の副作用を減らし早期の回復へと繋がります。
1.呼吸力を知る
手術後や治療中・治療後は呼吸が浅くなり息苦しさを感じることがあります。術前の腹部と胸部の広がりを知り、深呼吸を意識し改善しておくことは、術後の深くゆっくりとした呼吸の回復に役立ちます。その他にも、深呼吸には様々な効果があります。特に術後の浮腫の予防につながる呼吸ポンプ作用は、腹腔内の静脈の流れを増大させ、リンパの流れを促進します。
①腹式呼吸
腹部に手を当て、息を吸って腹部を出来るだけ膨らませて、口から長く吐く。
呼吸による手の浮き沈み具合を確認する。
術後は切開部のひきつれや痛みのため、咳や深呼吸が難しく感じることがあります。腹式呼吸は換気効率が高く、呼吸筋も強化できるので、息苦しさやリンパ浮腫の予防としても役立ちます。 術後直ぐや化学療法中は呼吸が浅く、脈も速くなりがちなため、術前からの呼吸トレーニングが有効です。
➁胸式呼吸
肋骨に手を当て、息を吸って胸郭を出来るだけ膨らませて、長く吐く。
左右の膨らみ具合を確認する。
両手を背中側の肋骨にも当て、後ろ側も左右で膨らんでいるか確認する。
術後は切開部の痛みやつっぱり感、ドレーンが患部に挿入されていることから肩を丸めがちになり、呼吸筋や胸部の弱化の原因となります。呼吸時の胸の開きの左右差、前と後ろ(背中側)の広がり具合を確認し、どの方向へも大きく広がるようにトレーニングします。
2.首、肩、股関節を緩める
術後は肩や肩甲骨に可動制限が起こります。腕や胸にひきつれ感や、痛みへの防御性筋収縮から重度の肩こりになることもあります。それらの問題を軽減するため、術前から胸郭や肩甲骨まわりのストレッチを十分に行うことが大切です。リンパ浮腫の対策にも役立つ腋窩リンパ節、頸部リンパ節、鼠径リンパ節のストレッチの習慣も身につけておきましょう。
①肩の回旋
1. 両手を天井に向け、肩の力を抜いて「前ならえ」。
2. 肘を伸ばしたまま、親指を床につける。腕は多少開いても構わないが、腰は反らさない。
3. 大きな弧を描く。左右の肩甲骨の動きを意識する。
4. 親指を床につけたまま、腕を体側まで寄せる。
②肩から股関節のストレッチ
1. 両脚を広く開き、両膝を同じ方向に倒す。仙骨はコアヌードルから離さない。
2. 反対方向。足幅を広げるなど、膝の曲がる角度を変えてストレッチ具合をアレンジする。
3. 両膝を右に倒し、左腕を上げる。左体側を伸ばす。
4. 反対方向へも行う。
手術後Ⅰ
[手術翌日~ドレーン抜去まで]
■注意事項
肩を最大可動域まで動かす動作はドレーン排液量が増え、ドレーンの留置期間が長くなる可能性がある[1]。腕の挙上などは医師の指示に従い行う。
動作中、動作後に患側の腕や患部に痛み、ズキズキ感、だるさが感じられるまでは行わない。
1.呼吸力の回復
術後直ぐは、切開部に痛みやひきつれ感がありますが、可能な範囲で深呼吸を始めます。術後は防御性筋収縮によって、呼吸筋を含めた胸部の緊張により呼吸が浅くなります。また、首肩まわりの筋肉が緊張し、重度の肩凝りになることがあります。早期に呼吸力を回復することが、緊張した筋肉を緩めることに役立ちます。
①「ふぁー」呼吸
コアヌードルの上に仰向けに休む。
軽く息を吸い、「ふぁー」と吐く。
肩の力を抜いて、首・肩・胸まわりの緊張を緩める。
➁腹式呼吸
腹部に手を当て、息を吸って腹部を膨らませて、口から吐く。
術前術後で、呼吸による手の浮き沈み具合に違いがないか確認する。
左右で膨らみ具合に違いがあるか確認する。
➂胸式呼吸
肋骨に手を当て、息を吸って胸郭を膨らませて、吐く。
術前術後で、左右の膨らみ具合を確認する。
両手を背中側の肋骨にも当て、後ろ側でも左右で膨らんでいるか確認する。
2.首・肩・胸のストレッチ
術後は肩の挙上困難に加え、左右のバランス感覚が崩れ始めるため、不均衡になった姿勢アライメントの修正が求められます。術後3~5日後から肩関節の可動域訓練や胸筋のストレッチ、瘢痕組織のマッサージ、柔軟体操や自体重での軽度の上肢などのリハビリを実施することで、1~2年後のリンパ浮腫の発症リスクが低下する報告があります[2]。
術後直ぐは、起き上がって行う肩のリハビリが難しいことがあります。常に上からの重力がかかるため、肩をすくめるように上げてしまい、リハビリ本来の目的とは異なる動作となります。そのため、仰向けとなって胸を開き、肩を良い位置にして行うリハビリが、術後は特に有効です。
胸筋のストレッチ
1. コアヌードルの上に、無理のない範囲で仰向けに休む。
2. 両腕を真横に伸ばす。
3. 肘と手の甲を床につけたまま、両肘を90度に曲げる。
3.股関節のストレッチ
術後直ぐでも可能な範囲で股関節を動かし始めます。股関節を動かすことで、鼠径リンパ節を刺激するだけでなく、下肢への血流を高め足のむくみ解消に役立ちます。
外側のストレッチ
両脚をマット幅より広く開く。
両膝を同じ方向にゆっくりと倒す。仙骨はコアヌードルから離さず、へそは真上に向けたまま左右に傾けない。
反対方向へも行う。
両足のつく位置を遠くにするなど、膝の曲がる角度を変えて股関節のストレッチ具合をアレンジする。
手術後Ⅱ
[ドレーン抜去後 ~]
■注意事項
ドレーン抜去後数日は、肩を最大可動域まで動かす動作は漿液腫が起こることがあるため、医師の指示に従い運動を行う。
動作中、動作後に患側の腕や患部に痛み、ズキズキ感、だるさが感じられるまでは行わない。
1.呼吸力の回復確認
術前の腹式、胸式呼吸のレベルまで回復させることに努めます。自律神経を整えるためにも呼吸力の回復は大切です。術前術後の差がある場合は、継続して呼吸のトレーニングを行いましょう。
①腹式呼吸
【確認ポイント】
術前の腹部の膨らみまで回復しているか?
腹部に入った空気をゆっくり最後まで吐ききれるか?
➁胸式呼吸
【確認ポイント】
左右の肋骨で膨らみに違いはあるか?
両手を背中側の肋骨に当て、後ろ側も膨らんでいるか?左右差は無いか?
術前の膨らみまで回復しているか?
2.肩と肩甲骨の可動性の回復
手術をした側の肩の引き上げ動作が難しい場合、長胸神経の損傷の可能性もあり(翼状肩甲など)、継続したリハビリが求められます。※動作の際は、痛みを感じる手前でとどめ徐々に動きを大きくします。回数も増やす際は徐々に増やします。
①肩の回旋
1. 両手を天井に向け、肩の力を抜いて「前ならえ」。
2. 肘を伸ばしたまま、親指を床につける。腕は多少開いても構わないが、腰は反らさない。
3. 大きな弧を描く。左右の肩甲骨の動きを意識する。
4. 親指を床につけたまま、腕を体側まで寄せる。
②肘入れ
1. 両腕を真横に伸ばす。
2. 肘と手の甲を床につけたまま、両肘を90度に曲げる。
3. 肘90度のまま、脇をゆっくり閉じる。
③片肘入れ
1. 肘と手の甲を床につけたまま、両肘を90度に曲げる。
2. 両肘とも90度のまま、左脇を閉じながら右肘を頭に寄せる。
3. 今度は右肘を閉じながら、左肘を頭に寄せる。
3.上肢-体幹-股関節の連動ストレッチ
腕、体幹、股関節を連動して動かすことで、切開部まわりの拘縮と肩関節の可動域の改善につなげます。
①両膝倒し(閉脚)
1. 両膝を揃え、横向きのコアヌードルに仙骨を押し当てる。
2. へそを真上に向けて、両膝をぴったりつけたまま右側に倒す。
3. 今度は左側に倒す。仙骨はコアヌードルから離さない。
②両膝倒し(開脚)
1. 両脚を広く開き、両膝を同じ方向に倒す。仙骨はコアヌードルから離さない。
2. 反対方向。足幅を広げるなど、膝の曲がる角度を変えてストレッチ具合をアレンジする。
3. 両膝を右に倒し、左腕を上げる。左体側を伸ばす。
4. 反対方向へも行う。
抗がん剤治療中
[放射線治療中を含む]
■注意事項
動作中、動作後に患側の腕や患部に痛み、ズキズキ感、だるさが感じられるまでは行わない。
手先、足先などに末梢神経障害が現れている場合、立位でのバランスがとりにくいため注意する。
1.副作用が強いとき
この期間は、とにかく体が楽に感じられることが大切です。コアヌードルの上に仰向けに休むだけでも、前かがみとなった背筋が伸び、胸も開いて呼吸が楽に感じられます。
①「介の字」ストレッチ
「介の字」に休む。
出来るだけゆっくりと呼吸する。
②「ふぁー」呼吸
コアヌードルの上に休む(膝は立てても伸ばしても良い)。
軽く息を吸い、「ふぁー」と息を吐く。
肩の力を抜く。
2.副作用が落ち着いたとき
体調が優れず活動量が著しく減少すると、関節や筋が硬くなり、血液もリンパ液も滞ります。先ずは呼吸力が回復しているか確認し、患部まわりを含めた全身のストレッチで、関節や筋肉に刺激を与えましょう。ウォーキングなどの持久力や心拍数を上げる運動は、抗がん剤投与期間中の疲労と筋体力低下を抑えることに役立ちます。※化学療法による末梢神経障害 (痺れ、感覚鈍麻)、関節痛、筋肉痛が現れている場合は、転倒しない体勢で行えるストレッチや運動が安全です。
メンテナンス期
[ホルモン治療中を含む]
■注意事項
骨盤や背骨に痛みを感じるときは、医師に相談する。
運動中や運動後に痛み、ズキズキ感、だるさが感じられるまでは行わない。
ホルモン治療では、腱や腱鞘に炎症が起こることがあるため注意する。
息苦しさが残る場合は、病院の診察に加えて腹式呼吸や胸式呼吸で体幹の広がりを調べ、呼吸筋の働きを促進する (運動例)。
手先に末梢神経障害が残っている場合は、強く握る傾向があるため、肩に力が入らないように注意する。
足先などに末梢神経障害 (痺れ、感覚鈍麻) が残っている場合、立位でのバランスがとりにくいため注意する。
■ リンパ浮腫のリスクを抑える
腋窩部の切除、および腋窩リンパ節郭清はリンパの循環を妨げるため、浮腫を起こす可能性があります[3,4,5,6]。腋窩リンパ節郭清を行った患者のおおよそ30%[7]、センチネルリンパ節生検を行った5~7%[8]にリンパ浮腫が生じたとの報告もあります。放射線治療においても、腋窩領域の組織に線維症 (硬化) を起こしてリンパ管がつまり、上腕および手へのリンパ液の滞留が起こり、手術した側の上肢にリンパ浮腫が発症する可能性があります[3,4,5,6,9,10]。
リンパ浮腫は、リンパ節郭清の直後や放射線治療中にも発生しますが、治療が終わり何年も経ってから発症することもあります。通常は手や腕に発症しますが、前胸壁、乳房残存部、背中に発症することもあります[3,4,5,9,10,11]。
リンパ管やリンパ節が損傷した場合、体は新しいバイパスを作りリンパを流そうと試みます。その際に流れを補えきれないとき、リンパが皮下に溜まり浮腫となります。リンパとともに体の老廃物を心臓に戻す役割があるのが静脈です。そのため、浮腫対策にはリンパと静脈の両方の還流を促進させることがポイントになります。リンパ管や静脈には心臓のようなポンプがない代わりに、周囲の筋肉の収縮による筋ポンプ作用、および深呼吸による呼吸ポンプ作用によって流れが作り出されます。ストレッチや運動によってこれらのポンプ作用の働きを促すことが重要です。
呼吸ポンプと筋ポンプで静脈とリンパの還流を促す
呼吸ポンプ作用:息を吸うと腹腔内圧が上昇し、胸腔内圧が低下する。それにより腹腔内静脈血が胸腔への静脈還流を増大させ、リンパ流を促進する。
筋ポンプ作用:筋肉が収縮し静脈を圧迫することで血流を生み、リンパ流を促す。
リンパの排出には、最初にリンパが集中する体幹部から循環を促し停滞状態を解消させます (運動例)。その後、手足など末梢に向けて行います。
リンパ浮腫の予防には、術後早期からの肩関節の可動域改善のストレッチや上肢の運動を行うことで、2年後のリンパ浮腫の発症率が低下したことや[12]、リハビリを行わないグループと比べ、1年後のリンパ浮腫の発症率がおおよそ1/4になるとの研究報告があります[2]。
術後の運動療法の安全性については近年多く報告されています。Dos Santosらは、術後の乳がん患者へのレジスタンス・トレーニング(筋トレ)が及ぼす影響について、2000年~2016年に報告された論文から10の研究を選定しシステマティック・レビューを行いました[13]。その結果、全ての研究で筋力向上が認められ、多くの研究は低~中程度の筋力向上、高負荷の場合では高度の筋力向上が示されました。5つの論文ではリンパ浮腫についての調査も行われ、運動療法によるリンパ浮腫のリスク増加やリンパ浮腫の悪化は示されませんでした。この研究の対象者には化学療法、放射線治療を受けた患者も含まれています。
運動は下半身を含めた筋力強化に繋がり、それによって筋ポンプ作用が促進されリンパの流れを促します。ウォーキングやサイクリングなどの有酸素運動は心拍数を増加させ、リンパの循環を促進します[5]。また、肥満はリンパ浮腫発症のリスクとなり[14]、 体重はBMI 30以下に保つことや[15]、適切な運動を継続することが[16]、上肢リンパ浮腫の発症率低下に寄与します。
■ 肩関節の可動域回復
手術または放射線治療により肩の可動域に制限が起こり、衣類の着替えなど日常生活に支障をきたすことがあります。腋窩リンパ節郭清では腋窩の皮膚が切開され、軟部組織も損傷・瘢痕化 (硬化) することで可動域制限が特に現れやすくなります。腋窩リンパ節郭清を伴う手術では、腋窩網症候群 (Axillary Web Syndrome) も比較的高い頻度で発生し、長期間にわたり疼痛や可動域制限を起こすことがあります。
腋窩網症候群 (Axillary Web Syndrome, 以下AWS) :
AWSは、センチネルリンパ節生検や腋窩リンパ節郭清などの 外科的処置 により、リンパ管または表在静脈血管の凝固が進んで血栓や線維化したものとされる[17,18]。脇から前肘部にかけて痛みのある索状物が認められ、顕微鏡では肥厚した血栓性の物質が確認される[17,19]。皮下に浮き出た索状の線維束のひきつれにより、上腕内側の腋窩の疼痛、肩関節外転の制限を生じる[18,20]。発症部位は上腕部、腋窩、肩甲帯、肩甲骨外側、胸部側壁、肩関節が挙げられ、ひきつれ感や伸張痛、関節可動域の制限といった訴えが多い[21]。乳がん患者85名の調査では、センチネルリンパ節生検で20%、腋窩リンパ節郭清では72%にAWSの発症が確認された[22]。別の193名の調査によると、腋窩リンパ節郭清がセンチネルリンパ節生検に対し3.19倍のAWSの発症が認められた[23]。調査によって数値にばらつきはあるが、センチネルリンパ節生検のみの患者にも一定の発症リスクがあり、腋窩リンパ節郭清の患者ではその発症リスクが極めて高いと考えられる。リハビリとしては肩や周囲筋のストレッチが主に用いられる。
腋窩部および乳房への放射線照射を行うと、切開部の傷跡が拘縮を起こし、それが下部組織へ癒着し肩の動きを制限することがあります。放射線治療による変化は日が経ってから生じることがあるため、患部の可動域の運動とストレッチは生涯続ける必要があります。エクササイズには、肩の動きを妨げる線維や結合組織の生成を抑える働きがあることがわかっています。胸壁が放射線照射に含まれる場合は、呼吸筋の弱化を防ぐために呼吸トレーニング(胸式呼吸、腹式呼吸)も意識して行うことが推奨されます。また、肩まわりの筋肉の防御性筋収縮も可動域制限を起こす一因となるので、適切な姿勢アライメントでの肩・肩甲骨の回旋運動や柔軟性運動が求められます。
肩の可動域回復には積極的な改善運動やストレッチを行い、日常生活でも術前と同様にできるだけ使うように心がけます。腋窩リンパ節郭清を行っている場合も、浮腫が起きていなければ徐々に負荷をかけて左右同様に使えるようにまで回復させることが望まれます。
■ 姿勢アライメント
創部痛や身体的バランスの崩れによって、術後は猫背や巻き肩、側彎姿勢となる傾向があります。体幹の対称性が崩れ肩甲骨の左右のアライメントも乱れることで、これらも肩の可動域制限へと繋がります。そのため、術後直ぐからの姿勢アライメントの修正が求められます (運動例)。
■ 筋力トレーニング
手術側の上肢に対して、近年では徐々に負荷を加える筋力トレーニングも導入されてきています。センチネルリンパ節生検や腋窩リンパ節郭清、放射線治療を行った場合でも、回数や負荷を考慮し徐々に調整することで、積極的なリハビリが推奨されています。過度な患肢の安静は著しい筋力低下につながり、静脈の還流を起こす筋ポンプの作用が弱まります。
運動の効果報告:
リンパ節郭清を行った45名の患者にウェイトトレーニングを実施した研究では、マシーンやウェイトを使い8-10回繰り返すことのできる負荷で、上半身、下半身を含め9種類のウェイトトレーニングを週2回、6ヵ月間、指導の下で実施した。その結果、リンパ浮腫の発症や憎悪は認められなかった[24]。
上肢にリンパ浮腫を発症している141名に対しての調査では、徐々に負荷を上げる、ウェイトトレーニング中心の運動を上下肢に行い、同様にリンパ浮腫の憎悪なく上下肢とも筋力増強が認められた[25]。
リンパ浮腫を発症していない、腋窩リンパ節郭清を行った乳がん患者134名に対しての追跡調査においても、ウェイトトレーニングを実施した群が、リンパ浮腫の発生率が低い結果となった[26]。
■ 呼吸力の回復・改善
手術や化学療法、放射線治療と、どの段階においても心肺機能の低下がみられます。有酸素運動が有効となりますが、それとは別に胸部や腹部の前後左右の広がりを調べ、治療による身体的アンバランスを改善・解消させることも呼吸能力の改善に役立ちます (運動例)。
■ 体重・体脂肪の管理
体重・体脂肪の増加は、がんの再発リスクと生命予後に関係します。運動により身体活動が増え肥満が改善することは、乳がんの再発リスクを減らし、生命予後の改善に繋がります[27,28,29]。BMI 30以下の体重に保つことで、上肢リンパ浮腫の発症率を低下させる可能性も報告されています[15]。
研究報告:
ホルモン療法は、糖尿病発症リスクを2.40倍上げる(タモキシフェン:2.25倍 / アロマターゼ阻害薬:4.27倍)[30]
肥満は、内臓脂肪から炎症性サイトカインが過剰分泌し疼痛につながる[31]
■ 生涯にわたっての自己管理
乳がんでの入院期間は概して短い。そのため、退院後のQOLは自主的なリハビリに依存します (肩関節の可動域や上肢の筋力回復、リンパ浮腫予防、姿勢アライメントの適宜修正、体重管理など)。リンパ浮腫など、一度発症すると完治が難しいものもあり、生涯にわたって積極的な自己管理が求められます。
運動の予防効果等:
がんの再発リスクを低くする[28,32,33,34,35,36]。
副作用や倦怠感を緩和、予防する[28,32,37,38,39]。
リンパ浮腫の再発予防および症状を改善する[2,12,13,16,42]。
脂肪細胞はエストロゲンを増やす。
治療でエストロゲンを抑えることは、骨粗しょう症になりやすい。
ウォーキングなど骨や骨格筋に負荷を与える運動は、骨粗しょう症の発生を抑える[37,40,41]。
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